げんきゅーどっとこむ

他人のブログを勝手に言及します。

僕は「ホモ」だけど、保毛尾田保毛男のことは気にしない。ハゲが良くてホモがダメな理由は?

こんばんわ、そーり(@so_ri_me)です。

 

この番組のことも、「保毛尾田保毛男」のことも知らなかった。

ツイッターに流れてきているのを見ただけだ。

soshi-matsuoka.hatenablog.com

僕自身ゲイブロガーだけれど、こんなこと気にしない。

こういう事例があると、すぐにLGBT団体が文句を言うが。

それこそが、自分たちで自分たちの首を絞めているようにしか感じない。

 

 

ゲイ・ホモがダメで、ハゲがいい理由ってなんだろうか。

 

ハゲのネタってそこら中にあふれてるけど、それについて文句を言う人が少ない。

それがホモになると、とたんに騒ぎ出す。

 

自分たちのことを馬鹿にされたから?

だったら、ハゲでも同じだし、チビでもデブでも同じだ。

 

LGBTの人達は、騒ぐのが好きなのだろうか。

どこかで自分たちは特別だとか思っているのだろうか。

 

LGBTを受け入れてもらおうなんて考え、本当にいらないと思う。

僕が男性のことを好きな自由があるんだから。

 

どうして、それをみんなに認めてもらいたがるのだろうか。

逆を返せば、ゲイ・ホモのことが嫌いだという意見も受け入れられるべきである。

 

誰が誰の事を好きになってもいいし、誰のことを嫌いになってもいい。

そういう社会でいいんだけど、自分たちの気持ちを受け入れさせようと必死になってるよね。

 

そんなLGBT団体なんていらないな。

こういうクソみたいな団体がうるさいおかげで、純粋に人のことを好きな人たちが、生きづらくなる。

 

保毛尾田保毛男がダメなら、ハゲのカツラをかぶって人を笑わせるような芸人もダメだろ。

適当に解釈して、都合のいい意見ばかり言うのはやめておこう。

クソみたいな団体と同じ。

 

 

 

オンラインサロンに何を期待するのか

オンラインサロン

特にブロガー界隈のオンラインサロン

何を期待して加入するのでしょうか。

 

数日前に、やぎぺー氏のサロン、インサロについての記事がありましたね。

 

「発信力を鍛えよう」

というようなフレーズで2~3か月前に始まったと記憶しています。

 

その前は、ブログカレッジという名前でやってましたね。

 

 

これは認識の違いなのでしょうが、何に対してお金を払っているか。

ということでしょう。

 

1.提供されるコンテンツ

2.場の提供

 

今回のインサロについては、場の提供だったようです。

その認識違いが、結果としてアンマッチにつながっただけのようです。

 

 

トレーニングジムのようなものですよね。

オンラインサロンって

 

場があるから、好きに練習しろよ、時々手伝うぜ

という感じ

 

 

インサロの場合は毎月5,000円弱の費用がかかります

それを払うだけの人たちの集まりなのでしょう

そのくらいバカげているのかもしれません。

価値が見いだせない人には

 

そこに5,000円払ってもいいという人は、どこかに価値を見つけるのでしょう。

 

いいわるいの話じゃなく、合うか合わなかったか。

ただそれだけのことです。

 

 

発信力を身に着けようと掲げているインサロ

発信力とはどのレベルのことでしょうか

 

サロンに入った人は、行動力のある人でしょうか

ブログを書いている人は、発信力があるのでしょうか

 

僕はどちらもNOだと思っています

当たり障りない行動は、積極的な行動じゃないと思っています

 

サロンに入った人、ブログを書いた人

まだまだ発信力も行動力も足りないんですよ

 

面白いのが、例の記事に対するツイッターのコメント

サロンのことも知らずにコメントする人

無料期間もあるのにサロンに入らない人

発信力も積極性もない人が、つべこべ言ってもしょうがないですよ

 

あなたたちはターゲットの外の人ですから

 

本当に気になれば、本当に疑問に思うなら、2週間だけでも入ってみればいいのにな。

そんなことを感じました。

 

信者サロンだという人

オンラインサロンについては、いろいろありますが、やぎぺー氏のサロンについて。

 

やぎぺー氏のサロンは信者ビジネスじゃないですよ

なぜなら、サロン内でやぎぺー氏が、参加者からお金を巻き上げようしているところを見たことがありません。

これは、ブログカレッジ時代のことです。

 

リアルイベントが好きなようで、よくイベントをされていました。

リアルでの勉強会、作業会の費用は無料~1,000円程度

場所代を人数で割った程度でした。

懇親会をやっても3,000円~4,000円

 

細かなお金の部分は、サロン側で負担していました。

毎月〇〇円です。

という費用以外、徴収されなかったのは、健全なサロンだと思っています。

 

そうは言っても、インサロなんてバカげてる。という方がいらっしゃるでしょう。

それであれば、気にしないのが一番です。

 

お金を巻き上げたりしているわけじゃないので、気にしなくてもいいのかなってね。

 

インサロにも入ってみようか、そんなことを考えてしまう時期かもしれません

polcaにおける感覚の違い、応援サイト?ネット乞食? #polca

こんにちは、そーり(@so_ri_me)です。

ここ数日、気になっているサービスがあります。

 

polca

 

簡単に言うと、ネットでお金集めができるシステム。

しかも少額。

 

ワンクリックで(厳密にはスマホなので"タップ"ですが)、特定の人に送金できる。

300円、500円などの金額を送ることができる。

 

そうすると2種類の考え方がでてきます。

 

  1. 友人に応援してあげやすくなった
  2. ネット乞食じゃん

 

どちらの意見も、それもそうだなぁと。

 

日本人はお金を渡す行為に慣れていないのでしょうか。

寄付、喜捨という考え方。

 

これに頼り切っていると、それはそれで評価を下げるということ。

サービススタートして初日~3日くらいであれば、お祭り気分でやってしまえばいい。

 

けれど、それ以降、サービスが認知され落ち着いたとき。

このサービスは怖いですね。

 

何でもかんでも「polca」すると、結局お前がサボっているだけじゃん。って

ツイッター、ブログで積み重ねた信用を、数百円で使っていく。

そのバランスがうまくできれば、便利なサービスなのでしょう。

 

僕個人としては、手数料の問題もあると思うが。

もっと少額のお金を送れるようなサービスになってほしい。

 

例えば、ものすごく困ったときに助けてくれたウェブサイト、Yahoo!知恵袋で助けてもらったとき。

10円、50円、100円くらいのお礼をしたいと思うとき。

このもやもやした気持ちを解決してくれる。

 

このサービスをうまく使える人。

普段から元気なパワーを周りに分けてくれる人。

普段から笑顔をお届けしている人。

普段から輝いているなと思うタイプの人。

今までたくさんの人にGIVEしてきた人。

見返りを求めてこなかった人。

 

あとは若い人。

 

そうでない人は「またクレクレ君か」と思われる。

「なんでお前に支援しないとあかんねん」と思われる。

 

巷ではMacBookおじさんが流行っていましたので。

polcaおじさんでも始めてみようかなと。

 

使い方、事例については、下記2サイトが面白く書いてありましたので、ご覧いただければと思います。

 

www.zakitasu.net

 

www.yukigao.com

 

行動すればいいんだけど、行動するってどういうことさ。

こんにちわ、そーり(@so_ri_me)です。

 

www.soredemotbc.com

 

 ツイッターで、こんな記事を見つけました。

現役高校生のブログなんですけどね。

モゾモゾ、ムズムズする感じがするんですよね。

 

それは、彼に対してではなく、これを読んだであろう読者の人に対してでしょうか。

 

氏の記事には、こんなことが書いてある。

真の情報強者は、得た情報をうまく活用して自身に投資してる。

 ということは、氏のブログで得た情報をうまく活用して投資するほうがよいのだろう。

 

で、結論、行動することが重要なんですけどね。

 

行動するって何でしょうか。

動くって何だろうか。

 

ブログを書いて情報発信することは行動することだろうか。

ヒッチハイクをすることが行動することだろうか。

※彼を否定しているわけではなく、身近な話題として取り上げているだけです。

 

行動には二種類の行動がある。

目立つ行動と、目立たない行動。

目立つ行動をすれば、注目を浴び、いい気持ちになれるかもしれない。

目立たない行動は、地味で、ひたむきで、誰にも見てもらえないかもしれない。

 

行動する目的が、認めてもらう、見てもらうじゃないことは承知の上で。

行動って何だろうか。

 

とくに若い人が見ているなら、行動すると同時に、足元を固めないといけない。

僕はそう思うわけだ。

 

試合でどんどん塁に出たい。

と、バッターボックスに立ってフルスイングをする。

これを行動と思うなら、それは間違い。

 

練習の時間も大事、千本ノックの時間も大事。

それも行動であって、目立つことだけ、輝いていることだけが行動ではない。

 

行動って、やろうと決めたことをやってみることだと思う。

毎朝、家族に挨拶をする。とかね。

当たり前のことを、意識してやる。

意識して、つまりやろうと決めてやる。

 

それだけで随分と変わる。

氏のブログのここに書いてあること

スマホゲーだとかSNS、YouTubeみたいな動画サイトをダラダラと眺めて、惰性でスマホを触っている間に、欲しい情報を徹底的に掻き集めて、行動につなげていこうとする人間もいるという事実に気づいて欲しい。

惰性で、ダラダラはダメなのだ。

 

行動すると決めて、行動する。

 

毎日、花壇に水やりをしたり。

毎日、新聞を10分読んだり。

旅先では、5人の人に声をかけてみる。

 

何か自分でやりたいこと、行動したいことを決めないといけない。

小さなことでもいいし、毎日やっていることでもいい。

 

ある時、それを振り返ること。

1週間後、1か月後、半年後、タイミングは人それぞれだろう。

その行動、ちゃんとできた?

やりたいように、想像していたようにできた?

 

という循環が大事。

 

ただ「行動」だけに注目していてはいけない。

 

彼は、僕の半分の年齢です。

僕は、彼の倍の人生を歩んでいます。

 

こういったことにどれだけ早く気が付くか。

そういう意味で僕が出遅れているなら、彼の倍、行動します。

そうすれば、彼と同じラインに並ぶことができるでしょう。

 

 

普通は普通なんですよ、普通なんです

寒い日が続きますがいかがお過ごしですか。

 

今日気になったのはこれなんですけどね。

www.rabotiku-sato.com

 

正直なところ、それをどれくらいのパワーで読んだらいいか。

そこからだと思うですけど。

 

額面通り、そのまま受け取ってしまうなら、頭の悪さを感じるだけなんですが。

言わんとしていることをくみ取れということであれば、まぁそれもそうだよね。

という気持ちになるわけです。

 

理系だからという僕の思い込み

理系の人は面倒な人が多い。

細かいことに突っ込みすぎ。

僕は理系で職人気質なので、細かいところは細かいし、面倒なやつだろう。

 

普通の定義について

普通ってなんだろうか。

普通は普通でしかないのだが。

 

普通っていう感覚を身に着けるべきなのだろう。

もちろんTPOによって、それは大きく変わるので、それに対応するだけの柔軟性も必要だろう。

 

「飲み物」だとしても、子供だったらオレンジジュースかもしれないし、大人だったら珈琲かもしれない。

居酒屋に行けばビールになり、バーに行けばジントニックかもしれない。

 

その場に合ったそれがあるはず。

普通とはそういったものなのだろう。

 

普通は自分基準なものと、その場の基準の2つがある。

どちらも「普通」で片づけてしまうが。

 

氏の記事には、途中こんなことが書いてある。

分からないところを質問したら、「普通にやるだけ」と言われた。

それに対して

普通にやってみてわからないからきいてんの

 それこそ、普通ってなんだよ!!

その普通はどこから出てきたの??

 

普通という考え方を排除するのであれば、氏の間違いは相手に求めてしまうところだろう。

改善策として、こうやって返答してみたらと書いてある。

あぁそこな。いつもおれはこうやってるけど、それでうまくいかない?

 言わんとしていることはわかる。

 

が、それを導き出せないのは、質問者が「普通にやってるんだけど」という気持ちがあるからで。

「こうやってみたんだけど、できなかったんだよね。どうしたらいいかな」と質問しなかったのは何故だろうか。

 

それは、質問者の中で、「普通にやってみたけど」という気持ちがあるからだろう。

 

 

普通という言葉から、新しい気付きがある。

普通という言葉をどうして嫌うのだろうか。

うまくいかなくなるから? 画一化されるから?

普通のこと、当たり前のこと、それを知っておくことは悪いことではない。

 

普通というから、そのやり方があっているのか、間違っているのか。

それに気付くのだろう。

ロボットじゃないんだからさ。

 

それこそ、人それぞれというなら、「もう少し」とか「だいたい」とか、そういった言葉も無くなっていくはず。

 

定食屋に行っても、ライス大盛ではなく、ライス180グラムとか。

特大とんかつ定食も、とんかつ240グラムに、ごはんが180グラム、みそ汁が150ccに、漬物が25グラム。

とか、そういう面倒な世の中になるのだ。

 

共通の認識、共通のそれがあるから。

とんかつ定食と言えば、

とんかつにみそ汁、ごはんはデフォルトだな、漬物くらいはついてくるよな。

小鉢が1つ付いてこればラッキーかな。

という、自分の基準で判断ができるようになる。

 

普通って、その程度のものだけど、それを使いこなせる人もいるわけで。

あまり小さなことに固執するのは、視野が狭まる気がするな。

 

理系、研究者、そういった要素があると、確かに「普通」ってなんだよ。

と思うのだろう。

それをうまくコントロールするのも、腕の見せ所ってことで。

 

エクセル? 何それ? おいしいの? 目的にせず、手段にすること。

久しぶりの登場です。

こんにちわ、そーり(@so_ri_me)です。

久しぶりにブログの更新。

 

気になった記事がありまして。

というか、サービスがありまして。

 

www.outward-matrix.com

 

頼もしいサービスですね。

僕も仕事柄、エクセルを使うことが多く、こんなサービスがあれば。

と思っていました。

 

なぜこのサービスが、いいのか。

それは、Shin氏がコンサルタントだから。

 

エクセルに限らず、ツールをツールとして使わず、「ツールを使うこと」を目的としてしまう人が多い。

 

こんな関数を覚えた。

こんな表が作れるようになった。

 

そうやって使い方を学んだところで「使うこと」を目的とすれば、それ以上が生まれない。

その先に、エクセルを使って「どんな結果」が欲しいのか。

何のために、その計算をするのか。

 

というビジネスの基本をわかっていないと、応用がきかなくなる。

ただ「使える」だけで、「使いこなせる」ようにはならない。

 

コンサルタントを生業としていれば、そのあたりもカバーしてもらえるのではないか。

という僕の勝手な想像だが。

コンサルタントにエクセルがおまけになっているような。

 

そもそも、エクセルでその作業をしなければいけないのだろうか。

元のデータを加工して、その先に何を見たいのか。

1か月ごとのデータだけなのか、1年、10年のデータをまとめるのか。

 

エクセルの使い方というのは、その関数を操作するのではなく、その先に何を求められているのか。

ということが大事なのだ。

つまり、データのコンサルをすることが大事で、そのツールとしてエクセルがあるだけで。

ただの関数を教えてもらうだけなら、本を買えばいいし、グーグルに頼ればいい。

 

でもそうじゃないところに、エクセルをエクセルらしく使う術があるのだろう。

 

 

個人的に感じるのは、そこまでのレベルの人がどれだけいるのか。

ただ漠然とエクセルを使いたいと思っただけでは、エクセルの良さも分からなければ、その先の広がりがなくなってしまう。

 

エクセルがいろいろと使えるからこそ。

使う人のビジネススキルが大いに表れるものだと思っています。

エクセルを使える人=コンサルタントや企画ができる人

ということです。

 

アクセスでデータベースを使ったほうがスムーズなこともあれば、専用のソフトを使ったほうが楽なこともある。

エクセルという名に踊らされないようにしたいものだ。

 

人事部で中途採用の面接をしていたころ。

「エクセルが使えます」「こんな関数が使えます」

という応募者はいました。

 

それに対して、どんなデータを扱っていたか、どれくらいの量のデータだったか。

エクセルを使って、誰に何を伝えていたか。

という質問をすれば、多くの応募者は答えに詰まってしまう。

本当に、ただ「使っていた」だけだったのだ。

 

事務職に限らず、営業でもそうだが、その程度であれば「エクセルを使えます」とは言わないでほしい。

言われたことを右から左へ、ロボットの代わりをしていただけだから。

 

エクセルを使いこなしていたと感じる応募者は、100人に1~2人程度しかいなかったな。

 

エクセルのそれを扱うことは非常に簡単だ、参考書もたくさんある。

ただ、エクセルを使いこなすとしたら、コンサル的な思考、最低限のパソコンスキル、パズルを組み合わせるような能力、どれも重要になってくる。

それはエクセル技術というより、ビジネススキルなのだ。

やっぱりタイトルは重要だということ

おはようございます、そーりです。

久しぶりに戻って参りました。

年末までは、ほどほどに更新していきます。

毎日更新できるまで、スピードアップしたいものですが。

 

さて、今回気になった記事はこちら。

www.royalnaught.com

天田氏のブログ。

記事を読む限りでは、ブログのアクセス数が増えたということ。

なぜか、それはヒトデ氏と同じ机を使っているからだそうで。

 

ちょうどヒトデ氏(id:hitode99) がつぶやいていたこちら。

 

天田氏と同じ机だったんですねぇ。

連帯感が生まれたように、ブクマがついたり、アクセスが増えたりと。

いいことばかりで頼もしい限りです。

 

ただ、僕がこの記事にたどり着いたのは、ヒトデ氏のパワーでもなく。

ツイッターのタイムラインを眺めていたときに目にとまったから。

タイトルが僕を呼んでくれたんですよ。

 

なんてことないタイトルかもしれないけれど。

このタイトルで読む人がいるわけで。

 

やっぱりタイトルって大事なんだなぁと改めて実感したできごとでした。